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50年前のヒロシマ

友人達が泊まりに。
広島に来たからにはと,博多在住のRちゃんのリクエストで昼はお好み焼き。
初めて,「お好み共和国」に行ってみました。(広島に住んでいると,かえってこういう所には行く機会がない。)入ったお店は「えんじゃ」。
目の前の鉄板でお兄ちゃんが焼いてくれるのですが,使う卵が全部,双子卵!
それを見たK合さんが,「ガミラスとイスカンダル!」と感嘆するも,お兄ちゃんには通じず。
とはいえ,気になったらしく,えらい長いこと「ガミラス??ガミラス??」とつぶやき続けてたのがおかしかった。いや,お兄ちゃん,そんな深く追及しないでください・・・。
ボリュームたっぷりのお好み焼き,おいしかったです。
その後,並木通りでデザートを終え,私は見たい映画があったので,そこでお別れ。
一週間限定で,しかも,昼間一回だけ上映する映画なんです。この日曜日を逃すと,もう見られないよ!

ヒロシマ モナムール「ヒロシマ モナムール 24時間の情事」(1959年/フランス・日本@シネツイン1)

映像に残る50年前の広島の街並みを見たかったのと,グレゴリ青山さんの本にこの映画の事が描いてあったのが印象に残っていて,ぜひ見ようと思っていた映画。
ついパルコの本屋に寄ってしまい,開始時間ギリギリに入場したら,思いがけず補助席まで出る大入り満員!座布団をもらって通路に座る。こういう古い地味めな映画が満席なのが,ちょっとうれしかったり。(平日昼間に見られない人が多いからもあるでしょうけど。)

独軍占領下のフランスの田舎で,敵兵と密通して断罪された過去を持つ女優が,反戦映画のロケのために広島を訪れ,日本人の建築家と一日限りの恋をする・・・。そして,その日は,8月6日だった。

全編フランス語。二人の男女の会話が,ある時は過去を回想しつつ,ある時は復興中の広島の街を歩きつつ,ただひたすら,延々と続く。
二人とも,癒えることのない戦争の傷跡を抱えている。女優の消えない記憶は,故郷ヌヴェールにある。男はヒロシマで家族を亡くすが,彼はその日そこにおらず,見なかったヒロシマを思う。

二人が歩く,1958年当時の広島。
まだまだ高層ビルはないけれど,商店街にはネオンサインも輝き,人々が働き生活し,たくましく復興している広島市街。
その一方で,女優が訪れる原爆資料館の展示物は,まるで昨日のことのように生々しく,原水禁運動の行進で遺影を手にうつむく遺族は,まだ制服の高校生・・・。
あの日から,まだたったの10年余りしか経っていなかった頃のヒロシマが,モノクロの画面に記録されている。
白昼夢のような時間が終わり,映画館を出ると,そこは正に,先ほど二人が歩いていたその場所の50年後。過ぎた時間は戻らない。

後日,父に電話で,「映画で,50年前の本通りや金座街をみたよ!」と言うと,「自転車で配達中のお父さんが映ってなかったか?」と。
勤労少年だったお父さん,本当は大学にだって行きたかったんだよね。
話は飛んでいき,4月末の松竹東洋座・広島名画座の閉館が寂しかったみたいで,私が「福屋の上にある映画館よね」というと,当時は,「あそこの角にあって,1階で江利チエミのショーを見た」んだそうです。美空ひばりも来たらしい。けど,父は,江利チエミの方が好きだったとか。
そーか,それで時々,お風呂上りに,でたらめテネシーワルツを歌っていたのか。
それから,マリリン・モンローの「帰らざる河」を見て感動して,洋画にかぶれて,映画館にもよく通ったとか。朝日会館はまだあるか,と聞かれました。
そういえば,「ヒロシマ・モナムール」には,リッツ劇場も映っていたなあ。
50年前の広島には,少年のお父さんがいたんだね。
ところで,主演女優さんが撮影したロケ現場の写真が500枚見つかって,この冬に写真展をする予定だそうです。
ぜひ,父と行ってみよう。自転車に乗った少年の父が映っているかも。

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